眼鏡っ漢になり損ねた理由
今回はオイラが眼鏡っ漢になり損ねた理由を語ります。
眼鏡っ漢=メガネを掛けた男子の事。
中学の時から眼鏡に興味を持ち始めました。
当時、周りの友達はメガネを掛けている女子はすべてブスという概念でした。
でも、オイラは違いました。
メガネの奥にこそもう一つの顔があるのを知っていたからです。
その、もう一つの姿を隠すためのアイテムとしてメガネのすばらしさをずーっとステキだなと心に抱いてました。
そーなると、メガネを実際に掛けてみたくなるのも人の心。
メガネをしている人の気持ちがわかりたくなります。
あいにく、オイラの父上はメガネ店で働いていたので
メガネの知識はそこそこありました。
しかし、我が家は誰一人として目が悪い人がいません。
(恐らく遺伝でしょう。)
なので、メガネを使うって習慣が我が家にはありませんでした。
あっても、サングラス。
目が悪い人には申し訳ないのですが、いろいろ努力しました。
目が悪くなる努力を。。。
・暗闇でマンガ読む、TVを観る、ゲームをする。
・TVとの距離30cmでゲームを6時間以上プレー。
・パソコンの画面と睨めっこ。
・目を閉じないで何秒絶えられるか?
・プールの後に目薬を注さない。
今も仕事がらパソコンを使っているので
仕事の1/2はパソコンを見ているはず。
これを中学の頃から今に至るまでひたすら目の悪くなる事を続けてきましたが
一向に悪くなりません。
先日の健康診断も両目1.5でした。。。
ここまで目を酷使しているのに。
かわいそうな目ですが、メガネを掛ける必要がないらしい。
ガク_| ̄|○
と、言うわけで眼鏡っ漢になり損ねてます。
目が悪いわけじゃないので、メガネをする人の気持ちがわからないのでは困ります。
こんな事ではメガネを語れません。
そこで思いついたのが度が入ってないメガネを使用する事にしました。
通称=伊達メガネ
最初は良い感じ~って思ってましたが、
長続きしませんでした。
それは何故かというと、良く考えれば当たり前のことです。
目が悪くないからです。
使用する気があっても、目が悪くない人とでは使用度が全然違います。
本当にメガネを愛するには目が悪くないと駄目って事。
つまりだ、メガネを知るにはメガネの気持ちをわからないと駄目って事です。
何が言いたいかっていうと、結論から言いますとね。
メガネ君からこーいわれているんです。
「お前にはメガネは似合わね~よ。」
ガ━━(;゚Д゚)━━ン!!
そうかもしれません。
本来、必要としていないメガネを無理やりつけているわけですから。。。
あと、
いくどか試しにメガネ屋でメガネを掛けますが自分には似合わないんです。
毎日掛けているわけじゃないからしっくりこないし。。。
そうこうしているうちに伊達メガネも意味が無い。
そもそも伊達メガネというのは嘘偽りの姿。
これは神を冒瀆していると悟ってしまったのです。
それからは伊達メガネはメガネでは無いとオイラの中では認識しております。
伊達メガネはサングラスです。
ただの紫外線防止。
ましてやレンズが入ってない伊達メガネなんてメガネとは呼べません。
ま、この考えは人それぞれですが、
全日本眼鏡っ娘普及協会としてはここは譲れませんね。
そーいうわけで、眼鏡っ漢になり損ねてます。
メガネが似合う人はうらやましいです。
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